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斉藤円華の「週末自動車ライター事始め」・第9回
 
「農業発動機のエンスーな魅力とは? 整備修理講習会レポート」
 
 ドッドッドッ、カタカタカタ…。かつて日本の農村では、「農業発動機」と呼ばれる、灯油や軽油を燃料とする持ち運び可能な動力源が活躍していた。
 ポンプで水をくみ上げたり、稲を脱穀・精米したりするなど、農家の重要な働き手だったのだ。
 それが電気モーターや小型のガソリンエンジンに取って代わられ、いつしか農家の納屋の奥深くにしまわれて埃をかぶり、人々の脳裏からすっかり忘れ去られた。
 しかし最近、農業発動機を再生して運転を楽しんでいる人たちがいる。私も旧車雑誌の『オールドタイマー』で初めて知ったのだが、栃木は宇都宮で発動機の「整備修理講習会」があると聞きつけてさっそく訪ねた。一体どんな魅力があるというのか?
 
−餃子がお出迎え−
 
 宇都宮。いわずと知れた餃子の町だ。
 エンスーの杜代表・金盛さんに「餃子のことも書きたいんですけど」と打診したのだが、「餃子代は出ませんよ!」とけんもほろろ。
 中国帰りの陸軍軍人が広めた、といわれる宇都宮餃子。立ち並ぶ餃子専門店を横目に取材現場へ急ぐ。すると目の前に 「スタミナ健太」が!
 「餃子のマスコットで、石像つくっちゃうんだ…」
 宇都宮に着いて、いきなりボディブローを食らったような心境である。
 
−純粋機械だった−
 
 会場の綱川自動車整備工場に着く。「発動機親父」こと綱川恵太さんが代表をつとめる「関東宇都宮発動機愛好会」は、月一回この整備講習会を開いている。
 敷地には発動機が10台ほど。「普段はもっと多いのですが…」とは、とある参加者。うち数台が「タッタッタッ…」とリズミカルな音を立てて動いている。

※ 画像をクリックすると発動機のムービーが見られます。
 
ところで農業発動機って、どんななのか。一言でいって、非常にシンプルな単気筒エンジンだ。
 
ヤンマー製発動機。戦前の製造。二つの車輪はフライホイール。
 点火プラグに高圧電気を供給するマグネトー。この「箱型」は貴重だそう。マグネトー背後の鋳鉄ブロックには水が注がれ、シリンダーを冷却する。ガラス容器に潤滑油が見える。
気化器(キャブレター)。
丸いのはマフラー。シリンダー頂部の弁機構も見える。本体を載せる木枠に燃料タンクが収まる。
ベルトを架けるプーリー。ここからベルトを介して農機やポンプなどを動かす。
「軽油又ハ茶灯油」と燃料指示のプレートが。茶灯油って?
クランク、コンロッド、ピストンが見える。
 
 発動機によるが、大体1,000〜1,500回転・分で1〜3馬力を発揮するものがほとんど。低回転でトルク(軸出力)重視のつくりなのだ。
 もういちど、ムービーを見てみよう。別の発動機だ。個体ごとに運転音も異なることがわかるだろう。参加者はあちこち調整しながら、運転を楽しんでいる。発動機は何か仕事をするでもなく、ただ動いているだけなのだが、その機械らしさというか、各部が作動しているさまに視線が吸い寄せられていく。今、機械巻腕時計がブームというが、そのムーブメント(駆動部)が時を刻むさまを鑑賞するのに似ている。それらは機械なのに生きているような、名状しがたい魅力が確かにある。本来の役割を終えた、動くだけの「純粋機械」。飽きることなく見入ってしまう。
 
−すべてが魅力−
 
 これらの発動機は、愛好家が農家から引き取ってレストアする。何十年も動いていないから、油は切れ、錆が発生し、可動部が固着している。傍目にはただの鉄のカタマリとしか見えなくても、農家にしてみれば苦楽をともにした形見の品であり、愛好家にとっては宝なのだ。譲ってもらうまで何年も農家に通い詰めるんだよ、とある参加者は語る。
 この状態からピカピカに仕上げていくのである。ほとんど旧車レストアの世界ではないか。この発動機は、これから一体どれだけ手を掛けると動くようになるのだろう。
唯一旧車記事らしいショット。310ブルーバードの手前にあるのはヤンマーのディーゼル発動機だ。K2型、1,000回転・分で2馬力を発生。
これもヤンマーのディーゼル。でかい。馬力ありそうだ。
荷台に並ぶ発動機。寄って見たら値札が貼られていた。
お昼を挟んで午後、綱川さんが調整していたヤンマーのディーゼル発動機に、初めて火が入る。ディーゼルエンジンは圧縮が大きいので他の発動機よりも起動に力が要る。人力では動かず、別の発動機のアシストでようやく動いた。

※ 画像をクリックすると発動機のムービーが見られます。
回転が安定して、様子をのぞきこむ綱川さん。
当日、一番小さかったのがこれ。日本製鋼所製の「ムサシ」型。1800回転・分で3馬力を発生する。これはトルクより回転数重視のつくりだ。
発動機を前にして、話に花が咲く。
 発動機おやじ・綱川恵太さん。「小学生の頃から修理をやってるよ!」 部品カタログを手に熱く語り始める、根っからの機械職人だ。
 発動機愛好会の事務局長、八木橋俊治さん。「発動機の魅力? どれかを切り離しては語れないね! 農家で見つけて、譲ってもらえるまで通って、修理して初めて動いた時のよろこび、音、匂い、手触り…。すべてですよ」。
 石塚久禄さんは可動する発動機だけで30台以上所有。「一台手に入れるとね、次から次へと欲しくなっちゃうんですよ。ジーコジーコいう吸気音がたまらないです。発動機はやっぱり単気筒に限りますね」。
綱川さんを囲んで、話の輪が出来る。
 
 農業発動機の魅力にとりつかれた大人たちの、熱気に当てられる思いだ。農村で発掘して、鉄くずの状態からレストアし、動くさまを愛でる彼らのありようは、エンスー車を苦労しながらも好んで乗る私たちと相通じるものがある。
 旧車、農業発動機と来て、大人のエンスー機械趣味はこれからどういう展開を見せるのか? 大いに注目してみたい。
参加者で記念撮影。
 
・ 関東宇都宮発動機愛好会 028−634−9495(綱川自動車整備工場)
 

[執筆者プロフィール]
斉藤 円華(さいとう・まどか)…週末自動車ライター。新宿から電車でわずか1時間の高尾山にて、5月の新緑を満喫してきました。ここに圏央道トンネルを掘る計画があるなんて、皆さんご存知でしたか? 貴重な憩いの場に、開発の手を入れないで!
※ブログ “mdk-on-line” http://mdk-on-line.jugem.jp/
※ mixi(ミクシィ)にもプロフィールがあります。どうぞご覧下さい。

【次回予告】
連載もおかげさまで10回目。こんどは5月28日に東京ビッグサイトで開催予定のスワップミートを取材予定。次回「朝が弱くてもだいじょうぶ?! 東京でスワップミートをそぞろ歩く」をお楽しみに!