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斉藤円華の「週末自動車ライター事始め」・第7回
 
「自動車評論家・舘内端氏にきく 環境時代の今日、エンスーの明日はどっちだ?」
[撮影:須藤 明子]
 
 クルマに楽しく乗っていたい。われわれエンスーだけでなく、クルマに乗る人の多くはきっとそう思っているだろう。
 けれども、地球温暖化、ガソリン価格の高騰、大気汚染…。クルマをめぐる状況は厳しさを増しているのではないか。私たちは、これからもクルマに乗り続けられるだろうか?
 『胸をはってクルマに乗れますか?』(二玄社刊)などの著書で知られ、EV(電気自動車)の普及をすすめる市民団体「日本EVクラブ」の代表をつとめる自動車評論家・舘内端さんにきいてみた。
 
−日本橋から鈴鹿まで470キロを歩いた−
 
――環境問題に関心を持たれたのは、何がきっかけだったのでしょう。

 私は自動車評論と並行して、レーシングカーの設計をしていたのです。94年3月に「電友1号」という最初の電気自動車を作って、アメリカはアリゾナ州のフェニックスという所で開催される、EVフォーミュラカー・レースに出場したんですね。
 このままではクルマもレーシングカーも立ち行かない。漠然とですが、環境問題をそんなふうに意識していました。そこで、92年の10月に日本橋からF1レースの会場がある三重県鈴鹿まで、470キロを2週間かけて徒歩で踏破してみたのです。最速のF1の開催に合わせて、何か見えるだろう、ということで。で、歩き終わって、なぜか電気自動車に目覚める(笑)。それがEV活動の由来です。

――歩いたのですか。

 延べ70人くらい参加してね。毎日5〜6人と一緒に、8時から5時まで、遅い時は10時まで歩くんです。それで一日30キロくらい。楽しかったですね。
 洗濯とかも自分でやらなきゃいけない。着いたホテルで、ヘアドライヤーとゴミ袋、ハンガーで簡易乾燥機をつくって。下からドライヤーをあてると、服が良く乾くんです(笑)。
 それでゴールに着くと、鈴鹿でF1をやっている。F1も楽しいですが、歩くのだって楽しいじゃないか。楽しいのにスピードは関係ない、とそこで気がついた。コンマ何秒の世界ばかりにこだわってきた私の視点が大きく変わる出来事でした。
 
−今問題になっていること−
 
 同じ年、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで地球環境サミットが開催されました。それまで車の環境問題といえば排ガス問題でしたが、この時、
・ 地球温暖化
・ エネルギー問題
が大きくクローズアップされた。言うまでもないことですが、クルマは石油で走ります。そして温暖化の元凶のCO2を出す。その源である原油が足りなくなる、とそこで気付かされました。
――『胸をはってクルマに乗れますか?』でも触れられていますが、原油生産量が2004年をピークに下降をはじめた、と言われていますね。

 はい。例えば排ガスは規制が進んで、極端な話、排ガス問題はなくなります。ところが温暖化とエネルギー問題に、私達はこれから向き合わなければならないのです。
 CO2増加にともなう温暖化は、寒冷地が農業の適地になるなど、プラスの面も確かにありますが、海面上昇など全体的に見れば悪影響の方が大きい。
 石油を一番消費している国はアメリカです。その内、全消費量の7割を自動車が使っている。この規模はイラクの年間原油産出量に置き換えると、イラクが6つ必要になる量です。ちなみに日本のクルマはイラク1国分の石油を消費している。
――身につまされる話です。

 生々しい話ですが、そうやって見ていくと、アメリカは石油のために世界中で戦争していると言えます。石油確保のために必死になっている。アメリカにとっては、だからエネルギー問題にしか関心がない。CO2は関心の外です。
 
−EV(電気自動車)は楽しい!−
 
――「日本EVクラブ」のウェブサイトを拝見しました。電気自動車のレースとか、すごく楽しそうなのですが。
 
 クルマ好きなもので(笑)。EVは何をやっても世界初ですからね。楽しく活動しています。
 会員で、山梨でエコビレッジを始めた人もいます。「風力と太陽光で全部間に合っちゃう」って言っていました。EVに関わって、人生が変わったひとはぞろぞろいます(笑)。
 ガソリン車から改造した「コンバートEV」はこれまでに200台。その内、150台くらいはナンバーを取っています。
――街中で走っているクルマが、実はコンバートEVだったりする。

 フェニックスのEVレースでは、現地の高校生が自分たちで電気自動車をつくってる。ちなみにコンバートEVなら30万から出来ます。フォーミュラEVなら1500万円必要ですが。
 ちなみに電友1号は800万円かかりました。当時乗っていたジャガーを売り払ってもまだお金が足りない(笑)。それでも思い切れるのは、やはり事態が深刻だと思うからです。
 自分は自動車を使い、レーシングカーを設計していましたから、環境に対しては相当悪いことをしたと思っています。
 息子たちの世代は、エネルギー問題や異常気象で大変です。さらに孫や、その子供たちの世代は…。


――罪の意識にさいなまれている。

 そう。子供たちへのザンゲとクルマへの愛、「愛とザンゲの日々」を送っています(笑)。

 
−EVの、これから−
 
 94年3月に電友1号でフェニックスのEVレースに参戦して、3位に入賞しました。その成果をひっさげて10月に「日本EVクラブ」を設立して、4年後の98年に当時の環境庁長官から表彰状をいただきました。
 京都議定書が批准されて、今後日本は温暖化ガスの排出を90年比で6%減らさなければなりません。政府は燃料電池車の開発支援や低公害車の優遇税制など、クルマの環境対策に力を入れているところです。ところが、自家用車のCO2排出量は2001年までに52%も増加してしまいました。これを私は「52%ショック」と呼んでいます。
 政府は企業を規制できても、個人をしばるのには限界があります。選挙にひびくからです。政府、企業、市民、それぞれに限界がある。三者が協力しないと、CO2の増大には立ち向かえないのです。

 インセンティブ(優遇措置)とペナルティで、低公害車への買い替えと省エネ運転の励行へと個人の行動を誘導する必要があると考えています。
――EVは、車社会のなかでこれからどういう位置を占めていくのでしょう。

 石油が足りなくなると、エネルギーは多様化します。天然ガスや石炭の液化技術、深海底に大量にあるといわれるメタンハイドレート、植物を発酵して製造するバイオ燃料というふうに。ただ、これはワールドウォッチ研究所のレスター・ブラウン氏が指摘していることですが、バイオ燃料に多く依存すると砂漠化が起きる、と言われています。
 ともあれ、そうなったら車は燃料ごとにエンジンを載せ換えなければいけない、となる。しかしEVが普及すれば、この問題はクリアできます。エネルギーが多様化しても発電して電気にかえればいい。

――なるほど。

 2010年までに、自動車に搭載するバッテリー技術のブレークスルーが2つある、と言われています。まず08年までに、自動車用リチウムイオン電池の量産が開始される。次いで10年までに電池のエネルギー密度が上がる。つまり、同じ容量なら容積が小さくなる。

 具体的には、4、50キログラムの重さのバッテリーで4〜500km走れるEVがつくれる。本格的な量産は15年以降と予測されています。充電も15分、急速充電なら5分ですみます。電気ステーションが普及すれば、ガソリンを入れる感覚で充電できるようになる、というわけです。

――EVだけでなくクルマ全体にとって、これは福音ですね。
 
 
−変わり者がフツウの社会へ−
 
――「エンスーの杜」を見に来る人は、クルマ好きが多いと思います。その様な方々に一言。

 原油価格は、いま大体1バレル(159リットル)65ドル。92、3年は10ドル前後でしたから、非常に高騰しています。ガソリン価格もアメリカではすでに2.5倍になっていますから、日本でもリッター200円は目の前です。
 どういう未来を選ぶかを、わたしたちは決めなければいけないと思っています。
 自動車メーカーまかせには出来ません。国、メーカー、ユーザーの三者が協力していく必要があります。
 今のままだとエネルギークライシスに見舞われます。温暖化もIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の当初予測よりも2〜30年早く推移している。

――一台のクルマに乗り続けることは、環境にやさしいですか。私は117クーペに乗っていますが。

 まだ、乗ってるんだ(笑)。79年のクルマですと、53年度排ガス規制が適用されます。現行の規制は排出物質を当時と比較して約14分の1に規制しています。旧車にお乗りの方は、今までの14分の1だけ乗れば良いわけです。
 
――年間でみると、一月分も乗れませんね(笑)。

物を大事にされる、そのお気持ちはよくわかります(笑)。そのうえで、環境についても考える必要がある、と私は言いたいのです。

――なるほど。コンバートEVにするという手もありますしね。

これ以上、奇人変人は増えない方がいいよ!(笑)
 
――お仲間が増えて、いいではないですか(笑)

 ハハハ。冗談はともかく、新しいことにチャレンジすることは、アメリカでは普通なんです。そういう人がゴマンといる。それが社会で受け入れられている。ところが日本で同じことをすると、スタンドプレーだと言われます。もう私は開き直って「そうだよ」って(笑)。ザマミロ、ってな感じです。
 アメリカは問題の多い国だけど、州単位でみればCO2規制をはじめるなど、一枚岩ではありません。プリウスを改造して、家庭のコンセントから充電できる「プラグイン・ハイブリッド」のアイデアはアメリカで生まれました。ガソリン代よりも電気代の方が安くて経済的で、燃費もオリジナルより良い。トヨタも注目しています。
 そういう技術をうみだす変わり者がたくさんいるのがアメリカ。だから、一概にダメではないのです。
 僕みたいな変わり者がフツウに見られるように(笑)、日本もまた変わって欲しい。そう願っています。

――そのときには、日本ももっと風通しが良くなっているでしょうね! 今日は有難うございます。
 
(インタビューを終えて)

 クルマと環境。実は密接につながっているのに、私も含めて大多数のひとはこれまで「考えないこと」にしていたのではないか。けれどもそうしている間にも、舘内さんはEV(電気自動車)というアプローチでこの難問と格闘していた。
 しかも、苦労しているはずなのに、EVとかかわる舘内さんは楽しそうだ。私はここにポイントがある気がする。
 危機におびやかされるのも、創意工夫で環境と共生するのも、わたしたち次第。楽しい方の未来は、どっちだろう。環境とクルマは共存できるんだよ、と舘内さんは笑顔で語りかける。
 
【舘内端氏プロフィール】
1947年、群馬県に生まれる。日本大学理工学部卒業。東大宇宙航空研究所勤務の後、レーシングカーの設計に携わる。
現在は、文化と技術の両面からクルマを論じる自動車評論家として活躍。掲載誌は『NAVI』『JAF MATE』『J’s Tipo』など多数。
94年から市民団体「日本EVクラブ」を設立し、EV(電気自動車)の普及につとめる。
主な著書は、『すべての自動車人へ』(双葉社)、『ガソリン車が消える日』(宝島社新書)、『胸をはってクルマに乗れますか? ―美しい自動車社会を求めて―』(二玄社)など。
※ 日本EVクラブウェブサイト http://www.jevc.gr.jp/
 

[執筆者プロフィール]
斉藤 円華(さいとう・まどか)…週末自動車ライター。現在通っている「編集会議 編集・ライター養成講座」もいよいよ佳境。修了課題提出にむけて七転八倒の日々。
※ブログ “mdk-on-line” http://mdk-on-line.jugem.jp/
※ mixi(ミクシィ)にもプロフィールがあります。どうぞご覧下さい。

【次回予告】
CG CLUB主催の春の恒例イベント、「Spring Meet」。今年はとしまえんから伊豆・修善寺に場所を移してリフレッシュ開催。 鈑金のようやく終わった117クーペでイベントに勇躍乗り込む?! 次回「Spring Meet 2006、温泉の誘惑と睡眠不足の巻」をお楽しみに!